フェムテックとは、女性の健康課題を科学技術で解決しようとする製品のことです。フェムテック製品の中では、月経管理アプリは知名度が高いのではないでしょうか。
フェムテックは急速に注目を集めていますが、その一方で「女性らしさが再規定されてしまう」「資金調達が難しい」などの問題点も浮かび上がってきています。
今回は、直穿きできるリラックスショーツ「“おかえり”ショーツ」を手掛けた江連さんに、フェムテックについて、フェムテックの意味、フェムテックの問題点や課題点について伺いました。
フェムテックが手放しで「いいもの」と見られている今、その裏にどのような課題があるのかを知って頂ければと思います。
プロフィール
【名前】
江連 千佳
株式会社Essay代表取締役
東京大学大学院学際情報学府 修士課程在学中
【経歴】
高校2年生の時にニュージーランドに留学した際にフェミニズムに関心を持ち、津田塾大学総合政策学科に進学。
女性が「ショーツの形に自分の身体を合わせている」ことを課題に思い、直穿き可能なトランクス型ショーツ「“おかえり”ショーツ」を開発。
2021年に株式会社Essayを起業。2024年4月からは東京大学大学院学際情報学府 修士課程に進学。
フェムテックとは何か?フェムテックの意味や定義、フェムケアとの違い、フェムテック製品の事例などを解説
───本日は、「フェムテックとは何か」「フェムテックの目的」「フェムテックが抱える問題点」などをお伺いさせて頂ければと思います。まず、フェムテックとは何か、フェムテックの意味を教えて頂けますでしょうか?
はい。まずフェムテック(femtech)自体、定義が非常に曖昧なものです。
「これに当てはまればフェムテック」というような基準や法律はないため、事業者がフェムテックだと名乗れば資格や認定がなくとも誰でも簡単にフェムテック製品を名乗れてしまいます。
世間一般でフェムテックとされているものは、「生理・月経管理アプリ」「月経カップ」「低用量ピル」「布ナプキン」などがありますね。
───技術・テクノロジーでないものもフェム『テック』と呼ばれるんですね。
プロダクトにテクノロジーが用いられている「フェムテック(femtech)」と、そうでない「フェムケア(femcare)」で区別される場合もあります。
乳がん診断を痛みのないスキャン式で行う医療機器「無痛MRI乳がん検診」は、フェムテックの代表例ですね。
ただ、現状フェムテックもフェムケアも定義が定まっていないので、両者の違いは明確ではない状態です。
フェムテック・フェムケア事業の事例
- リモートによる妊娠診断、ピル処方
- 生理・月経管理アプリ
- 卵子の凍結技術
- 乳がんや子宮頸がんなど、女性特有の疾患に対する医療機器
- 吸水ショーツ・布ナプキン
- 月経カップ
- 性交痛軽減製品
- 妊活支援製品
- セルフプレジャー製品
- 乳がん手術後の女性向けシリコンパッド・ブラジャー
- 尿漏れ対策に骨盤底筋をトレーニングするための製品
- 更年期女性のホルモンバランスを調整するサプリメント
───フェムテックは、若い女性向けだけの製品ではないのですね。
はい。生理が重い女性向けのピルや生理用品だけでなく、乳がん手術後の女性が左右の乳房の差で不快感が起きないようにするブラジャーや、更年期の女性向けのウェルビーイング製品などもあります。
また、企業によってはセルフプレジャー製品や美容・脱毛製品もフェムテックに括られることもありますね。
近年なぜフェムテックが注目されている?
───フェムテックという言葉が聞かれるようになったのは、ここ2~3年だと感じています。なぜ近年、フェムテックが注目され始めているのでしょうか?
フェムテックの歴史、日本で注目されるようになった理由
フェムテックは2016年頃に生まれた概念です。
2012年にドイツの起業家である「Ida Tin」氏が女性の月経管理アプリを開発し、投資家へのプレゼン向けに「フェムテック」という言葉を付けたことが始まりとされています。
日本では、2021年にフェムテックが「流行語大賞」にノミネートされまして、そこから急速に注目され始めました。
2023年には経済産業省のフェムテック推進HPが創設され、経済産業省や自治体によるフェムテック事業者への補助金・助成金の採択も始まりました。
───フェムテックが日本・世界で注目されだした理由はなぜでしょうか?
これまで歴史的に、女性の身体は医学・科学の分野で排除されてきました。
代表的な所だと、シートベルトの形が男性向けに作られていて、女性の死亡率が高くなっていたことなどがあります。
女性の身体は「標準的な身体でないもの」として扱われてきたため、生理や女性特有の疾患に対しての研究・ソリューションが進んでいませんでした。
それをちゃんと見つめ直そうというムーブメントが生まれ、フェムテックが注目されているのだと思います。
フェムテックの日本・世界での市場規模
───「SNSの普及がフェムテックが必要だという女性の声を可視化した」という意見も聞きますよね。
そうですね。
これまで、「女性特有の悩み」は、日常的には話しづらいものでした。
しかし、SNSの普及によってこれらの話題を匿名上で話せるようになり、女性特有の悩みを持った人が想定以上に多いことが分かりました。
これにより、フェムテックの市場価値が見直され、参入事業者が増えたということもありますね。
現在、日本国内のフェムテック市場規模は約700億円、世界では約4.5兆円の市場規模があるとされています。
近年は、企業の福利厚生としてフェムテック製品が支給されるという事例もあるそうです。
───男女平等や女性就業者の増加なども、フェムテックの発展や市場価値の拡大に寄与しているのでしょうか?フェムテックの今後の動向はどのように考えていますか?
はい。女性も男性と同じように働き、キャリアを積んでいくことを目指した時に、フェムテックが必要とされたこともあるのかなと思っています。
女性のウェルビーイングが向上することで、社会における女性が生み出す経済価値が増えていく動向だと考えています。
フェムテックとSDGsの関係性とは?
───フェムテックとSDGsには、どのような関係があるのでしょうか?
フェムテックはSDGs3「すべての人に健康と福祉を」とSDGs5「ジェンダー平等を実現しよう」と関係があります。
また、すべての女性が働きやすい社会になる事で、SDGs8「働きがいも経済成長も」にも繋がります。
SDGsのターゲットの中にはダイバーシティを重視する項目も多く、「誰一人取り残さない」ことを目標としたSDGsとフェムテックは強い繋がりがあると考えています。
フェムテックの問題点とは
───ではここからは、フェムテックが抱えている問題点・課題点をお伺いさせて頂ければと思います。江連さんは、フェムテックにはどのような問題があると考えていますか?
私は現状のフェムテックには、4つの問題点があると考えています。
それぞれ「製品の安全性や信頼性が担保されていない」「個人情報・プライバシーが守られていない」「女性らしさを再規定されてしまっている」「資金調達が難しい」の4つになります。
フェムテックの問題点①:製品の安全性や信頼性が担保されていない
フェムテックの問題点の1つ目は、科学的根拠がないのに「女性に良い」と訴求している製品がある点です。
フェムテックはまだまだ歴史の浅い業界のため、公式な認定制度や資格はありません。
そのため、「この商品はフェムテックだ」と言ってしまえば、それはフェムテックの製品になってしまいます。
サプリメント業界や医療業界では、科学的根拠を提示することが必須とされていますが、フェムテック・フェムケア業界にはそれはありません。
そのため、安全性や信頼性に懸念がある商品も存在しています。
フェムテックの問題点②:個人情報・プライバシーが守られていない
フェムテックの問題点の2つ目は、フェムテック製品を通して得られた個人情報(プライバシー)が守られていない懸念がある点です。
フェムテックには、生理管理アプリや妊娠管理アプリなど、データを収集するアプリが多いです。
これらのアプリの多くは、得られたデータを外部の会社に販売することをキャッシュポイントにしている場合があります。
そのため、女性のセンシティブな情報が外部に流出してしまっている可能性があります。
フェムテックの問題点③:女性らしさを再規定されてしまっている
フェムテックの問題点の3つ目は、フェムテック製品によって「女性らしさ」が再規定されてしまっている点です。
上記でもお話した通り、フェムテックではデータを収集します。
このデータを平均化すると、「女性らしさ」「女性とは何か」が平均化された数値として定められてしまいます。
例えば、生理が10日間くる方もいらっしゃいますし、2日で終わる方もいらっしゃいます。
しかし、データを平均化することで「女性の生理は3~7日間だ」と規定されてしまいます。すると、生理が短い方や長い方が「標準ではない女性」として定義されてしまいます。
このように、平均的でない女性が排除されてしまうことに、フェムテックの課題感を感じています。
───プロダクトとしては、マスを取りに行くために平均層が選ばれがちですよね。
そうですね。事業としてそうなってしまうのは当然ではありつつ、それが普通だよねとなることに危険性を感じています。
フェムテックは女性たちを解放するための技術と呼ばれている一方で、「女性とは何か」を再規定してしまっている矛盾した側面があると思っています。
また、フェムテックでは「妊娠したいなら~」「脱毛したいなら~」といった、コンプレックスを刺激するような強迫的な訴求になりがちです。
それができていない人は女性ではないのか、ダメなのか、ということはフェムテック製品を見ていて感じます。
女性の中にも多様性(ダイバーシティ)があることを心に留めておいて頂きたいです。
───フェムテックにて女性らしさを再定義されてしまう問題は、日本特有のものなのでしょうか?
いえ、これは全世界共通の問題ですね。今の所、海外でこの問題が指摘され始めてきている段階で、日本ではまだあまり指摘されていない状態です。
フェムテックの問題点④:資金調達が難しい
フェムテックの問題点の4つ目は、資金調達が難しい点です。
フェムテックはその市場規模の割に、資金調達に苦慮することが多いと言われています。
なぜなら、投資家やVCには男性比率が高いため、資金調達する際に事業が解決しようとしているペインを理解して頂けない場合があるからです。
特にシード~シリーズAの段階では女性投資家がまだまだ少なく、ベンチャー企業のフェムテック事業者は共感を得られにくい状況にあります。
また、近年インパクト投資が注目を浴びていますが、フェムテックは他のソーシャルビジネスと異なり、ソーシャルインパクトを測りにくいかもしれないと感じています。
環境問題系では「CO2を何キロ削減した」、地方創生系では「何人の雇用を創出した」のような定量的ソーシャルインパクトが測定しやすいですが、フェムテックは製品によってどれだけのインパクトが生まれたかを算出しにくいと考えています。
フェムテックの問題点に対する解決策
───フェムテックの問題点について4つお聞かせ頂きましたが、これらの問題に対してどのような取り組みを行えば解決に向かうのでしょうか?
私は、フェムテックに取り組む企業が誠実に取り組むことが、業界全体の盛り上がりに繋がると考えています。
個人的にはフェムテックという概念は、今まで光が当たってこなかった女性の身体に焦点を当てた素晴らしい意味のあるものだと思っています。
ただ、フェムテックが「女性のため」という化けの皮を被るために使われていることもあり、最近はフェムテックの話題が下火になりつつあります。
そのため、企業が消費者に誠実に向き合うことが、これら4つの問題への有効な解決策・取り組みだと考えています。
───フェアトレード業界では、どこにいくらお金が使われたかが消費者に開示されているプロダクトが人気を博していますよね。
そうですね。従来の経済性だけでなく倫理性という側面からもフェムテックの評価基準を策定し、「それが本当に女性のためになっている商品かどうか」を判別できる仕組みを作ることが大切だと考えています。
また、誠実な事業にお金が渡る仕組みがあるべきだと考えています。真に「女性のため」と言えるフェムテック製品を選定して投資をするVCなどが生まれてくると良いなと思っています。
江連さんが手がけた「”おかえり”ショーツ」にて達成できたこと・達成できなかったこと
───江連さんは株式会社Essayを起業し、「”おかえり”ショーツ」というフェムテック事業を行われていましたよね。こちらの事業について、教えて頂けますでしょうか?
“おかえり”ショーツとは、女性を解放するためのリラックスウェアです。
そのまま直穿きすることができ、身体の状態に合わせて簡単にサイズを調整できる紐や、デリケートゾーン部分にオーガニックコットンの当て布があります。それにより、自宅でリラックスした状態で着用して頂けます。
───「”おかえり”ショーツ」は、どのような経緯で生まれたのでしょうか?
近年、「ショーツから毛がはみ出ていて彼氏から嫌われた!美容脱毛をしよう!」というような広告が見受けられます。
私が初めてこの宣伝を見た際、「なぜ女性側がショーツの形に合わせなければならないのか」と強い違和感を感じました。
その後市場調査を行い、部屋着としてリラックスできるトランクス型のショーツの需要があることが分かりました。
また、婦人科疾患の出やすい方や、妊娠中の方から特に需要があることが分かり、これらの問題解決を目的として”おかえり”ショーツの開発を決めました。
───「”おかえり”ショーツ」では、浮かび上がった問題に対してどのような取り組みを行われましたか?
市販のショーツでは、ショーツの形に女性が身体を合わせる必要がありました。
しかし、女性の身体はショーツによって決められるべきではないと考え、どのような女性でも着れるようなデザインにしました。
また、商品にどの程度需要があるか分からなかったため、クラウドファンディングによって需要の調査と資金調達を行いました。
その結果、126名の方から72万円ものご支援を頂くことができ、商品の需要があることを確認することができました。
───「”おかえり”ショーツ」にて、実現したかったが達成できなかったことはありましたか?
”おかえり”ショーツは個人向けを目的とした商品だったため、その人の「女性のショーツはこうでなければならない」という価値観を変えることはできたと思っています。
その一方で、社会構造までは変えることができなかったと感じています。
そのため、今後は社会全体の構造変化にアプローチできるようなことを行っていきたいと考えています。
フェムテックの問題解決のために、江連さんが今後行っていくこととは
───江連さんは今回、”おかえり”ショーツの事業を売却し、4月から大学院に進学されると伺いました。その進路を選んだ理由を伺えますか?
はい。”おかえり”ショーツの事業を行って感じたのは、商品を販売するためには資本主義の構造に則らなければならないということです。
その中で、「女性のための技術である」フェムテックが、むしろ女性を消費する側面を持ち始めている現状に違和感を抱き、フェムテックをもっと俯瞰して研究していきたいと考えるようになりました。
しかしながら、”おかえり”ショーツを求めるユーザーさんの声もありますし、私が始めた事業を勝手に終わらせてはいけないとも思っていました。
そんな際にGOZENの布田さんと出会い、布田さんにFAとしてついていただき、”おかえり”ショーツを事業売却することを決めました。
”おかえり”ショーツは女性のためのショーツとして売却先の企業で生き続け、私自身は大学院でフェムテックについての研究を進めていきます。
また、”おかえり”ショーツの事業は売却しましたが、株式会社Essayはまだ私が持ち続けています。
Essayは今後、非営利株式会社に生まれ変わり、公共性の高い社会のための事業を行う会社になる予定です。大学院で研究した内容を、Essayを通じて社会実装していければと考えています。
まとめ:フェムテックの問題を解決することが、フェムテックのさらなる成長に繋がる
今回は、株式会社Essayの江連千佳さんにフェムテックとは何かを伺い、フェムテックが抱える問題点とその解決策を話し合わさせて頂きました。
フェムテックと聞くと一概に「女性に良い製品だ」と思ってしまいがちですが、まだまだすべての製品が女性のためになっている訳ではない現状だと、今回知ることができました。
ただ、これらの問題点を解決することで、フェムテックはより成長し、真に女性のためになる製品が数多く生まれていくのだと感じました。
そのため、江連さんがこれから携わられる、学術方面でのフェムテックへの切り込みは非常に重要かつ意義のあることだと思いました。
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